東北紀行(56)田沢湖 「田沢湖」 ,
田沢湖の展望地 (2枚)
乳頭温泉からの帰路、暫く進むうちに、来るときは気が付かなかったが田沢湖高原の一角に田沢湖を望む「黒森」という園地兼展望地があった。
秋色濃い湖沼周辺も合わせて明美な風景が望まれた。
観光地でもある「田沢湖」は先般の東北旅行で立寄っているので今回は遠慮することにしている。
ところで田沢湖を著名ににしている一つに、田沢湖畔に佇む「たつこ像」の像が立っている。 チョッと艶っぽい全裸の像で、最近では“金ピカ“に輝いているという。
『 北方の海沿いに、「八郎潟」という湖がある。 ここには人間から龍へと姿を変えられた八郎という龍が棲んでいた。しかし八郎は、いつしか山の田沢湖の主・辰子に惹かれ、辰子もその想いを受け容れた。それ以来八郎は辰子と共に田沢湖に暮らすようになり、主のいなくなった八郎潟(現在大半は干拓で農地化されている;大潟村)は年を追うごとに浅くなり、主の増えた田沢湖は逆に冬も凍ることなくますます深くなったのだという 』
田沢湖の最大深度は423.4mで日本第一位であることは周知である。
第二位は支笏湖、第三位は十和田湖で、世界では17番目に深い湖である。(世界で最も深い湖はバイカル湖)。
この深さゆえに、真冬でも湖面が凍り付くことはない。 そのためか日本のバイカル湖と呼ばれていた。
田沢湖には、ロマンチックな辰子姫の伝説物語の他に、悲劇的な現実のストリーがあった。
田沢湖の上流に有名な「玉川温泉」があり、強酸性泉としても知られる。
戦前の昭和15年頃に発電及び農業振興の目的で、玉川温泉の温泉水が混じる玉川の水を田沢湖へ導水するというものであった。
玉川温泉は源泉でのPH(酸、アルカリを示す指数、中性は7.0)は何と1.0というものであり、まさに塩酸そのもので、しかも97℃の水温で毎分4800Lという湧出量であった。
その強酸性の温泉排水が流れる水は自然へ対して「玉川悪水」とよばれ、まさに生物の生存しない水であった。
発電事業のため玉川の水(温泉水)を田沢湖へ導水し、結果として湖水は酸性と化し、魚類はほぼ生存不可能となっていて、勿論、田沢湖固有の清流魚・『クニマス』(陸封魚の珍種)も絶滅したと言われている。
現在では、玉川温泉排水部分に中和処理施設が設置され、田沢湖の水質は以前よりは回復してきているが深度が余りに深い為、2000年の調査でも湖全体の回復には至っていないという。 現在、生息魚種はウグイ・ギンブナ・コイの三種類のみに限られていて、清流魚は生息していない。
次回、田沢湖の珍魚・「クニマス」
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